ノルウェー アルタ ただの教会じゃない! The Northern Lights Cathedralが凄すぎた!

ノルウェーの最北の街の内の一つアルタ。世界遺産の「アルタの岩絵」を始め、1899年に世界最古のオーロラ観測所が設けられたことで有名です。もちろん今でもアルタはオーロラ観測のメッカで、冬はオーロラ観察目的で多くの観光客が訪れます。そしてアルタはフィンマルクエリアの中でも大きな街で、人口も他のフィンマルク内の街よりも多い中心的な役割ももっています。

2013年にできたアルタの中心部にある大聖堂がその外見も素敵なのですが、なんと内部もただの大聖堂ではないある特徴をもっているため一大観光スポットになっています。

今回はアルタのThe Northern Lights Cathedral(大聖堂)を訪れましたので、実際の写真と解説を交えて紹介します。

アルタの位置

上のマップ上、オレンジのピンがアルタです。

比較として、ブルーのピンを打ってみました。ブルーのピンは北欧4国各国の首都の空港です。

グリーンのピンはトロムソ空港(TOS)です。ホニングスボーグを含むフィンマルクエリアの玄関口になります。なお、トロムソ自体はフィンマルクではなくTromsエリアになります。

アルタへのアクセスについて以下にまとめていますのでどうぞご覧ください。

ノルウェー フィンマルクエリアに位置する街、アルタ。ユネスコ世界遺産に登録の「アルタの岩絵」を始め、1899年に世界最古のオーロラ観測所が設けられたことで有名です。冬には多くの観光客がオーロラを見に訪れます。今回はこのアルタへのアクセスについて解説します。

アルタの街中心の地図

アルタの街中心部の地図に色分けしたピンを打ってみました。皆さんお分かりの通り宿泊場所や観光すべきところが豊富というわけではありません。

紫色のピン:ホテル

グリーンのピン:スーパーマーケット

ブルーのピン:教会、博物館、観光案内所等

オレンジのピン:レストラン

上のマップの最上部グレーのバー左端のアイコンをクリックすると、それぞれのピンの詳細表示をご覧になることができます。

アルタのホテル・観光・スーパー・レストランの情報について以下に詳しくまとめていますので是非ご覧ください。

ノルウェーの最北の街の内の一つアルタ。ユネスコ世界遺産に登録の「アルタの岩絵」を始め、1899年に世界最古のオーロラ観測所が設けられたことで有名です。冬には多くの観光客がオーロラを見に訪れます。今回はこのアルタの街のホテル・観光・スーパ―について解説します。

The Northern Lights Cathedral

The Northern lights Cathedral(オーロラ大聖堂)は2013年に完成し、アルタの街の中心に建っています。コンクリートと木材、そして外側にはチタンのシートをかぶせる構造です。中央はスパイラル構造になっており鐘楼を備えています。

この大聖堂の完成をもって旧アルタ教会(街中心から徒歩15分の距離にある)から教会的役割がこちらに移行されました。

冬の間は氷の彫刻が正面玄関の前に作成され、幻想的な風景になります。

2人の天女の氷の彫刻もありました。非常に芸が細かい作品でした。

では中に入ってみましょう。

入口入ると正面に入場チケットカウンターがあります。入口横でワッフルを焼いて販売しており、ものすごく良い香りがします。

冬季のオープン時間は平日11時~15時、日曜10時~13時

夏季(6月15日~8月15日)のオープン時間は平日11時~21時、日曜は16時~21時です。

料金は、教会部分のみなら50NOK、オーロラ博物館とセットなら150NOKです。クレジットカードでの支払いに対応しています。

教会の中に入る前にワッフルの香りの誘惑に耐えながら周りを見渡してみると、適当に座ってくつろげる広いスペースがありました。外が-20℃程度なので、中のこの暖かい空間は天国のようです。

では教会部分に入ってみましょう。内部はコンクリートと木材(Oak:ナラ) でできた構造です。新しい教会だけあってデザインが斬新です。このタワールームと言われる構造物の中には7.5mの高さのJacob’s Ladder(写真で少し見えている黄色いはしご)があります。

電灯の使い方が非常に幻想的な雰囲気を作り出します。銅でできたキリスト像

ぐるっと見渡してみましょう。左側にはパイプオルガンです。電灯のデコレーションは360度張り巡らされています。約1800のパイプを使用しているようです。

入口側に振り返って見ても統一された壁のデザインでとても洗練された雰囲気です。

Borealis Center (オーロラ博物館)

なんと大聖堂の地下はオーロラ博物館になっています。オーロラに対する調査発祥の地アルタならではの観点でオーロラ研究の歴史を左のパネル群で、正面奥ではオーロラが発生する仕組みを映像で、右には大型スクリーンやその他のアトラクションが展示されています。

大聖堂の入場料チケットカウンター背後にある階段を下っていくと、「Borealis center(オーロラ博物館)」です。

入口にまさにこのオーロラ博物館が「オーロラ研究の歴史」をテーマにしていることが分かるサインボードがあります。まさにアルタはオーロラ研究発祥の地であり、その観点からいろんなことを紹介しています。

500 BC-1500 AD

ギリシャ人のアリストテレスがおそらく最初に色んな形状のオーロラに対して名付けたと言われています。約2300年前のアリストテレスの著書の中で、オーロラ現象を描写するために色んな表現をしています。これらの表現の名中で最も印象的なものは「jumping goats (ジャンプするヤギ)」です。また、約1000年前の中国の書物の中でもオーロラ現象を見た者がいることが記載されています。また同年代の日本の書物の中でも記載があり「the hounds of the heavens (天国の猟犬)」と言及されています。

スカンジナビアにおいてはオーロラ現象に対する記載は紀元1230年のノルウェーの書物「The King’s Mirror」が最初の現実的な描写と言われています。その時代のバイキング達はこの現象を「Nordurljos (the northern lights)」と呼びました。

1500 – 1700

オーロラに対する描写が最初にノルウェーで記載されたのはこの期間でした。1560年代にノルウェーの作家Absalon Pedersson Beyerはオーロラについて自身の著書で記載し、オーロラのスケッチとして知られるイラストを残しました。1596年にPeder Clausson Friisがオーロラについてのノルウェー語の著書「On Greenland」を作成し、北方では常にオーロラが発生していること、グリーンランド、アイスランド、北部ノルウェー以外の場所ではオーロラを見ることができないことを記載しました。1660年代にイタリアの牧師であり探検家であったFrancesco Negri da Ravennaの旅行記内で、北部ノルウェーにおけるオーロラの観察が記録され、それは観察記録の中では最も古いもののひとつとされています。

1700-1800

イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイがオーロラに対する現代科学的な研究への移行において中心的な役割を果たします。1600年代、ガリレオは南ヨーロッパでオーロラを観察し、はじめて彼がこの現象の科学的名前「Aurora Borealis」を名付けました。この言葉は「the red dawn of the North(北方の赤い夜明け)」とも意訳できます。ガリレオが住んでいた緯度ではオーロラが普段赤色で見えていたことが理由のようです。

年代が経つにつれて、北欧の自然科学研究者達の間でオーロラ研究が発展していきます。1708年、スウェーデンの科学者Suno Arneliusはオーロラの光が空中の小さな氷の粒に反射した太陽光線のによるものだとする論文を作成しました。

1716年3月17日はオーロラに対する現代科学的な研究の著明でとても重要な進化が起きた日になります。この日、オーロラはとても強く、ヨーロッパ全域でどこでもオーロラが見れる夜でした。まさにこのことが多くのヨーロッパの研究者達をインスパイア(鼓舞)して、オーロラ現象を説明するために色々な方法で実験することにつながったのです。

1800-

1800年以降、様々な測量方法がオーロラ現象をよりよく説明するために試みられました。1817年、フランスの物理学者Jean Baptiste Biothがオーロラは太陽光線との反射の影響ではないことを証明し、この後、磁場の研究をしていたノルウェーの天文学者Christpher Hansteenによって1825年とても重要な貢献がなされることになります。彼はオーロラと地球の磁場に強い関係性を発見し、オーロラが北極点を中心に輪状に形成されていると考えました。1869年にスウェーデンの物理学者Anders Jonas Ångströmatがオーロラは気体による蛍光発色に起因すると結論付けました。

1700年から1800年代にかけてオーロラを解明するための沢山の試みがなされましたが、結局オーロラの詳細に関しては20世紀に持ち越すことになります。

1838

当時のフランスの王Louis Philippeの委託によりPaul Gaimardが北極圏エリアの科学的研究遠征を行いました。彼らの氏名はオーロラの高さ(標高)を調査することにありました。この調査の時点ではまだカメラはなく、そのため彼らのとった方法は、2つの違った地点からオーロラを描写し、それらを分析することでした。才能に恵まれたアーティストであったLouis Bevaletはこの遠征に参加しており、沢山のオーロラの芸術的描写を残したものの、調査の目的であったオーロラの標高調査に関しては不成功に終わりました。いうまでもなく、この遠征で素晴らしいオーロラのイラストが後世に残ることになります。

1880ー1895

世界初のPolar Year(1882-83)に併せて、アルタに世界発のオーロラ観測所の本部が設立されました。他のオーロラ研究ステーションがフィンランドのソンダンキュラ(Sondankylä)、ノルウェーフィンランド国境付近の街コウタケイノ(Kautokeino)に置かれました。主な考えとして、この3つの研究ステーションから異なったアングルでオーロラを見ることによりオーロラの標高を調べるということがありました。この後、ここでデンマーク人の教師Sophus Tromholtらの行った研究が沢山の重要な発見につながることになります。彼は太陽の黒点の数とオーロラ現象の間に相関性を見出した人間の内の一人になりました。

また、Sophus Tromholthがノルウェーにおいての最初の写真家でもありました。彼はオーロラの写真を撮影しようと何度も試みますが、成功には至りませんでした。

現在に残っている最も最古のオーロラの写真はSophusの試みの数年後にとられた1892年アルタで撮影された写真でドイツ人の技術師Martin Brendelによるものでした。

1896-1898

ノルウェー人の科学者Kristian Birkelandが大きなブレイクする―を起こしました。彼は太陽によってチャージされた粒子がオーロラのトリガーになっていることを提案しました。彼の理論を立証するために彼はterrellaという名で知られる電磁場を備えた地球の小さなモデルから構成される太陽系のモデルを作成しました。彼はその小さな地球を真空管の中にぶら下げ、電磁を利用して地球が持っている磁場の再現に成功しました。

チャージされた粒子によって衝突されたときに光を放つように、作成された”大気”は蛍光色の層で構成され、このガラスボックスに送り込まれた粒子がどのように地球モデルの両極の周りに光を放つにいたるかを証明しました。

粒子は地球モデルの磁場によって捕捉され、両極の周りに引き込まれました。なお、Birkelandはアルタにオーロラ観測所も設立しました。

写真は1994年に発行されたノルウェーの200NOK紙幣です。Kristian Birkelandのポートレートにその背景にはオーロラのマークが入っています。大きな雪の結晶のマークはオーロラが最も見えやすい季節のシンボルとして、左のマークはBirkelandの開発したTerrellaです。なお、紙幣の背面は北極圏エリアのオーロラオーバルのイラストが記されています。

1899-1900

1899年9月に世界初の永続的なオーロラ観測所がアルタのそばにあるHaldde山の頂上に建設されました。同時にもう一つのオーロラ観測所がHaldde山から5㎞離れた場所のTalvik山の頂上に建設されました。目的は2つの異なった場所から観測することでオーロラの標高を計算するためです。

Birkelandと共同研究者達はHaddle山に冬じゅう籠り、フランス語で論文「Expedition Norvegienne 1899-1900 pour l’etude des Aurores Boreales」を作成しました。

1902-1903

BirkelandはHaddle山の観測所だけでなく、アイスランド、スバールバル諸島、ノバヤゼムリャの観測所も含んだオーロラ観測のための国際的な遠征隊を編成しました。これで、磁場の測定や比較、同時的なオーロラの異なる場所からの観測が可能になりました。この遠征はオーロラ研究が国境を越えた国際的な研究の必要性があることを明らかにし、今後も国際的な協力が研究の進歩に不可欠であることを示しました。

Birkelandの努力は結果として論文「The Norwegian Aurora Polaris Expedition 1902-1903」としてpublishされ、この磁場ストームの研究の成果は世界中の研究者へ広がりました。

1909-1912

Carl StormerとOle Andreas Krognessは世界で最初のオーロラを撮影することができるカメラを開発しました。このKrogness-Stormer Cameraはその後1950年代まで科学的な写真撮影で主に用いられつづけました。Stormerと共同研究者達は10万枚以上のオーロラの写真を撮影したと言われています。彼らの2万枚に及ぶオーロラの写真をもとに、科学者たちはオーロラの標高が上空90㎞~150㎞の出来事であると算出することが可能になりました。

1912-1918

ノルウェー国会がHaldde山でのオーロラ観測への予算拡張を行ったことはノルウェーの科学会にとっては幸いでした。Ole Andreas Krognessは新しい観測所のトップとなり1912年に彼の家族とともに移り住みました。1915年から1918年のオーロラ研究の全盛期に、Krogness、Devik、Lukkassenの3つの家族がHalddeに住んでいました。物資の運搬や外の世界との通信面で、彼らは働く面でも生活する面でも困難な状況に直面していました。オーロラの観測に高い山に登る必要がないとわかって以降、新しくもっと便利な場所に観測所を建設する計画がはじまりました。そしてHaldde山の観測所はその役目を終え、1926年に閉じられました。

1918-1940

1918年に、Haldde山で行われていた観測研究のほとんどはトロムソの新しく設立された地理物理学研究所に移行されました。労働環境としてこの新しいトロムソの場所は適しており、気象予想やオーロラ観測のための人員を確保するのも容易でした。

上の写真は「H-Variometer」と言われる道具で、Haldde山の観測所で1912年から1926年の間使用され、オーロラが発生している際の磁場の測定に使用されました。

1928年より、オーロラ研究と磁場の測定研究はこの新しいオーロラ観測所に移行されました。以前Kristian Birkelandとともに働いていたLars Vegardはここで重要な貢献をすることになります。それはオーロラのカラースペクトラムについてでした。彼は色んなカラーのオーロラの波長をそれまで以前に計測されていた方法よりもはるか正確に計測しました。

1930年代に地球の上部待機の研究に新しい方法が使用され始めました。それが「Ionosphere」でした。オーロラ観測所とその当時トップだったLeiv Harangはラジオ波とレーダーの研究で国際的に有名になりました。

1960-1975

1960年代にUSAでレーダ―技術が発達し上空1000㎞の高さまで観測が可能になりました。この現代的な技術がノルウェーにおけるオーロラ研究に新たな可能性をもたらしました。ヨーロッパの組織EISCATが大きなレーダーシステムをトロムソに建設すること計画し始めました。おなじく、スヴァールバル、スウェーデンのキルナ、フィンランドのソダンキュラにもまたオーロラについての情報を得るために同じレーダーシステムを導入しました。

Andoyaロケット発射場の建設とともに、1962年にはオーロラの光の中にロケットを送り込むことが可能になりました。宇宙研究が進むにつれてオーロラの粒子のエネルギーチャージについてより正確に測定することが可能になりました。今日ではこのロケット発射場はAndoya スペースセンターとして知られており、世界中のオーロラ研究者達の重要な目的地であり続けています。

1978-1990

1970年代になるまでオーロラが昼にも発生していることは明らかになっていませんでした。スヴァ―ルバル諸島が昼間のオーロラを観察するには適した場所で、1978年に新しいオーロラ観測所がLongyearbyen近くに建設されオープンしました。スヴァ―ルバル諸島はその後オーロラ研究の重要な場所になり巨大なEISCATアンテナのような数々のレーダーシステムが建設されました。その後2008年にKjell Henriksen 観測所がスヴァ―ルバル諸島にオープンし、それがもっとも大きなオーロラ観測所になっています。

1990-Today

宇宙空間近くで起こっていることをより良く理解するために、現代のオーロラ研究は主に光の研究に焦点を当てています。観測所、ロケット、人工衛星がオーロラ研究に使用されています。太陽と地球の大気、磁場の交互作用状況が「Space weather」として知られています。このSpace weatherは人工衛星に影響を及ぼすため、地球上の高度技術社会に影響があります。

トロムソやAndoya、スヴァ―ルバル諸島の観測所の活動のおかげもあり、ノルウェーは国際的なオーロラ研究の分野の中でいまだに独特の立ち位置を維持しています。ノルウェーはオーロラ研究をする上で、歴史と現代の高度技術だけでなく、理想的な自然コンディションと地形的利点を備えています。そしてその歴史がはじまったのはオーロラ研究生誕の場所、アルタです。

その他の展示

太陽から放たれる磁場がどのように地球に到達し、どのようにオーロラになるのかを詳しく解説した動画ブースもあります。

施設内にはオーロラにあわせて歌をつけてみようというコーナーがありました。

オーロラにまつわる過去からの数々の言い伝えや迷信、伝説などを見ることができるモニターブースもあります。

最後に

いかがでしたか?アルタには1899年に世界最古のオーロラ観測所が設けられ、今でもオーロラ観測のメッカで、冬はオーロラ観察目的で多くの観光客が訪れます。アルタの中心部にあるThe Northern Lights Cathedralはその素敵な外見もさながら内部にも素晴らしいオーロラ博物館を備えています。特に圧巻なのはオーロラ研究の生誕から現代にいたるまでの詳しい歴史の展示です。機会があればアルタ、そしてThe Northern Lights Cathedralにも訪れてみてくださいね。

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